光射す花冠

 


見事に咲いていた桜が散り、枝は代わりに瑞々しい葉をつけている、そんな春の日のことだった。
「花井ー!」
花井は、田島に呼ばれてペダルを踏んだ。自分を置いてさっさと先に自転車を走らせて行った田島は、見慣れない建物の前にいた。
「お前なあ、寄り道してると時間なくなんぞ」
花井がそう言って眉を潜めると、田島はさして悪びれもせずに、
「だってあの道今まで通ったことなかったしさー。探検とかしねーの?花井は」
と言った。花井は自転車を降りて、スタンドを下ろす。
「そりゃガキん頃はやったけど、高校生にもなってお前…」
「いーじゃんか。なあ、それよりここ入ってみよーよ」
「はあ?」
言われて、花井は目の前の建物を見る。大きな扉。三角形の屋根。天辺に着いた、大きな十字架。――花井が「見慣れない」と思った建物、それは教会だった。しかしその教会はどこからどう見ても廃墟と化していて、とてもじゃないが今でも教会の機能を果たしているとは思えなかった。
大きな扉の片側は取れてなくなっているし、窓ガラスは殆どない。煉瓦の壁には蔦が絡んで、おそらくもともと白かったのであろう、黄ばんだ外壁を緑に染めている。
一見するとおばけでも出そうな風貌だ。花井はしり込みする。正直行きたくない。
「や、やめとけって、今使われてねーみたいだし、崩れそうだし、そもそも不法侵入に…」
「おじゃましまーす」
「たあじまぁ!」
花井が言っている間に、田島は何のためらいもなく手前の格子(錆だらけだ)を開け、ぽっかり口を開けた扉の片側に身を滑り込ませた。花井は一瞬躊躇ってから、田島を追いかけて中へ入る。
外観があれだけボロボロだったのだから、中はさぞ酷い有様に違いない――と花井は思っていたのだが、その想像とは裏腹に中は左程ひどくはなかった。確かに十数ある長椅子は壊れたものが多いし、窓ガラスの欠片や木材の破片は床に散乱しているが、それだけだ。内壁には殆ど損傷は見られない。屋根も点々と穴が空いてはいるが、これなら屋根がいきなり落ちてくる、というようなことはないだろう。いくらかほっとして、中を見渡した。
(…そういや教会なんて入ったの初めてだな)
普通に生活を送っていて、教会とは今まで縁がなかった。言ってしまえば、花井にとって教会は、ゲームの中で冒険の書を書くために寄る場所でしかなかった。
奥には台座と、大きな十字架と、割れて元の絵がわからないステンドグラスがあった。もともとは立派な教会だったのだろう。そう思わせる荘厳な雰囲気がある。朽ちてもなお、ここは神の恩恵を受けた場所なのだと。
「すげーなぁ」
いつの間にか隣にいた田島が感嘆の声をあげる。田島は周囲を見渡しながら、彼に尋ねた。
「お前、教会来た事ある?」
「ないよ。花井は?」
「オレもない」
一歩踏み出すと、足の裏でパキっという音が響いた。大げさな音だった。
「なー、廃墟ってちょっとテンション上がんね」
「そうかあ?」
見るからに楽しそうな田島に、花井は首をひねる。その気持ちはわからない。けれど田島が楽しそうなのを見るのは、好きだった。
田島は花井の横をすり抜けて、正面の台座へと駆けて行った。が、すぐにそこを離れ、壁の隅にしゃがみこんだ。花井もすぐに追いついて、田島の後ろから声をかける。
「田島?なんか見つけたのか?」
「すげー、こんなとこに草生えてる」
「草ぁ?」
田島がほら、と身体をずらすと、そこにはホームベースほどの空間に群生するクローバーの姿があった。緑色の、見慣れた小さな葉の間から白い花が咲いている。
木の床が剥がれ、むき出しになった土の上に生えているのだ。花井がまさかと思って天井を見上げると、思ったとおり屋根に穴が開き、青空が顔を覗かせていた。あの穴から日光も雨も降り注ぐので、ここまで無事に育ったのだろう。
花井は花の類にはあまり感動を覚えないが、さすがにこれには心が動かされた。偶然が重なってこの花は咲いている。こんな室内に、誰にも知られることなく。
四葉のクローバー探しに精を出しているらしい田島の横に座り込むと、花井は白い珠のような花をつついた。
「シロツメクサって言うんだぜ」
田島が得意げに言った。
「よく知ってんな」
「ガキん頃、ねーちゃんが教えてくれた。これでよく冠とか作ったからさー」
「ふーん」
そういえば飛鳥や遥も作っていたような気がする。ぼんやりと花を眺めた。たくましいなあ、と思う。
田島はそんな花井の横顔をじいっと見つめる。静かだった。もうこの場所自体忘れられているのか、人の気配はしない。窓や天井の穴から入る光に、埃がきらきらと舞っている。――本当に静かだ。自分たちしか、ここにはいない。
(キスしてもいーかな)
周りに誰もいないし、と思って田島は手を伸ばしかける。けれど途中でぴたりと止めた。
(やっぱやめとこ)
外で恋人らしいことをするのを、花井は嫌がる。いくら誰もいないと言っても外は外だ。きっとキスした瞬間に鉄拳が飛んでくるに違いない。それに、臍を曲げて帰ると言い出すかもしれない。
(せっかくのデートなんだし!まだ時間あるし!ガマンする!)
ふん、と気合を入れなおして、田島は持て余した手をシロツメクサに伸ばした。そして2輪を手折り、幼い頃の記憶を頼りに冠を編み始めた。それを見て、花井が目を丸くする。
「編めんの?」
「覚えてっかなー」
「変なとこばっか記憶力いーからなお前」
へら、と花井が笑う。その笑みにどきりとした。人がガマンしてるのも知らないで、なんだってそんな風に無防備に笑えんだ。
田島は花井の笑顔に慣れていない。付き合う以前も、付き合ってから暫くも、花井は田島に向かって滅多に笑わなかった。いつも怒った顔や思いつめた顔を向けていた。田島はそんな花井の顔も、闘争心を刺激されて好きなのだが、最近では笑顔が一等好きになっている。なんだか、付き合っているということを一番実感させてくれる気がして。
シロツメクサの茎は細いが、柔軟性があって折れない。長い紐のようなそれを絡ませあうことで冠が出来上がるのだ。田島はまるで写経をする僧のような心境で冠を編んでいった。花井はそんな田島の手元をじいっと見つめている。
「やっぱ器用だな」
「出来たらあげるよ」
「いらねーよ」
また花井がおかしそうに笑った。あ、でも飛鳥と遥にやったら喜ぶかななんて言っている。
(…教会で、冠とか)
最後の仕上げをしながら、田島はふっと思う。

そんなのは、まるで――、

「…できた!」
「おお、すげーな!ほんと器用だなお前…なんでこんなん作れんだ」
「やりかた知ってりゃあすぐ出来るよ」
「ふーん」
花井に花冠を渡すと、彼は興味深そうに眺めた。その顔がなんだか幼く見えて、田島はまたどきりとする。キスしたい。手を握りたい。花井はそういうこと思わねーのかな。オレばっかそんな風に思ってんのかな。
「なー、花井」
「ん?」
なかなか見ない間抜け面で、花井はこちらを見返してくる。無防備にも程がある。田島はそれを見て思わずこんなことを口走った。

「結婚しよ」

廃れた教会。一組のカップル。手元には花冠。なんとなく、その単語が浮かんできてもおかしくはなかった。
「………は?」
そう聞き返した花井の顔は真っ赤で、さっきまでの緩い雰囲気は完全に吹っ飛んでいる。田島は重ねて言った。
「だからー、ケッコンしようぜ!結婚!ここ教会だし!」
「ばっ――バカか!何言ってんだ!できるわけねーだろっつーかここ廃墟だろ単なる!」
「だから結婚ごっこだよ。あそこ立ってさ、すこやかなるときもー、ってやりたい」
田島は目を細めて笑う。
ああ、なんだそういうことか、と花井はほっとした。ごっこ遊びか。田島のことだから本気で結婚しようと言っているのかと思った。
男同士じゃ無理だしそもそも結婚できる年齢じゃねーだろ、と真面目に返さなくてよかった…と思う反面、どこかがっかりした自分がいて、花井は慌ててそんな自分を打ち消す。
そして、きらきらした目を向ける田島を見て、花井は搾り出すように言った。
「…ごっこな」
すると田島は大真面目に頷いた。
「うん。待ってろー、指輪作るから」
「指輪も作れんのかよ…」
「カンタンだって」
田島が言ったとおり、指輪は一分もかからず完成した。小さいほうの指輪は花井に渡され、大きいほうの指輪は田島が持った。指輪の交換は儀式の締めだ。ないとダメだろ、と田島は得意げに言う。花井は照れくさかったので「あー」と曖昧な返事をした。


台座は二人が乗るとぎしっと変な音を立てた。立ってみてわかったのだが、丁度その場所も天井がぽっかりと穴を開けていて、スポットライトのように光が差し込んでいる。田島の髪がきらきらと光を受けている。
花井は変に緊張していた。こんなの緊張するまでもないのに。掌に軽く握った指輪の存在感が増していく。
向かい合って立つと、田島はすぐさま首を傾げた。
「えーっと、どうすんだっけ。どんなん言うんだっけ」
「自分から言っといて覚えてないのかよ」
「オレ結婚式出たことねーもん。にーちゃんの時は試合あって行けなかったし」
「どーすんだよ。オレも結婚式なんか見たことねーぞ」
「じゃ、適当に」
適当かよ、とも思ったのだが、ごっこ遊びなら別にいいのかもしれない。田島は「えーと」と言う。
「健やかなる時も、やめるときもー」
「病める、な。発音ちげーぞ」
「こまけーなあ。…病める時も、えーと、色々大変なことがあっても、ずっと一緒にいることを誓いますか」
「いくらなんでも適当すぎんだろ!」
「じゃあ花井が言えよ!わかんねーもん!」
言い返され、花井はうぐと口を噤む。けれど田島よりはマシなことを言いたかったので、必死に記憶の中を探る。
「…健やかなる時も、病める時も、富める時も、貧しい時も、お互いに愛し、ええと、助け…命のある限り誠実であることを神に誓いますか?…じゃ、なかったっけ」
だいぶ省略しつつ、花井はどうだと言わんばかりに田島を見る。すると田島は驚きに目を丸くしていた。
「すっげえ!なんで覚えてんの?キモチワリー!」
「気持ち悪い言うな!妹が一時ハマってこればっかり言ってたんだよ!」
「なあ、次なんてーの?」
顔を真っ赤にしての花井の抗議をさらっと流して、田島は目を輝かせる。花井は溜息をつきたい気持ちを必死に堪えて、記憶を辿る。
本来ならば今の口上は牧師が言うものだ。次は新郎新婦がそれに返答する形になる。両者とも男なので新郎も新婦もクソもない。なのでその部分は削って、花井は言う。
「…良いときも悪いときも、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも…死がふたりを分かつまで」
ごっことは言え、向かいには恋人がいて、ここは教会で――そんな状況で言ってみると、この口上がいかに恭しいものであるかがわかって、花井は口ごもる。ものすごく恥ずかしい。これじゃまるで、ものすごく田島が好きみたいじゃないか。いや確かに好きは好きだけれど。
死がふたりと分かつまで、とは、永遠に、ということなのだと今更理解する。
田島はじっと、真剣そのものといった眼差しで花井を見ている。その顔が紅潮しているのに気づいて、花井まで赤面した。
「あ、愛し、慈しみ…」
次はなんだっけ、と花井はパニック状態の頭で思う。心臓が暴れている。頼むからどっか向いててくれと思った。
「…貞節を守ることを、ここに誓います」
言い切って、花井は顔を伏せた。なんて恥ずかしいんだ。こんなの素面で言えるのか世の中の人間は。額に薄らと浮かんだ汗を拭って、花井は大きく息をついた。そして、ばっと顔を上げる。自分ばっかりこんな恥ずかしいままで終わってたまるか。
「次は田島の番だぞ!」
「おう!」
田島は勢いよく返事をして、すう、とひとつ息を吸った。そしてまた真っ直ぐに花井の目を見る。
「良いときも悪いときも、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも、死がふたりを分かつまで、愛し、慈しみ、貞節を守ることをここに誓います!」
スコアを読み上げた時と同じ滑らかさで田島は言ってのける。唖然としている花井を尻目に、田島は笑った。
「なんか恥ずかしーな、これ」
言っている割には全然そうは見えなくて、花井は内心悔しく思った。やっぱり田島は規格外なのだ。どんな時も、どんな場所でも。
花井がぐるぐるとした思いを腹の底で育てていると、田島が不意に掌を開いて、指輪を取り出した。それを見て花井も同じように指輪を手に取る。
「指輪の交換を、だっけ」
妙に真剣に田島が言って、まずは花井の左手を取り、薬指に嵌める。茎の水分で湿ったリングはなかなか入らなかったが、何とか収まった。そして花井も田島の薬指に指輪をおさめる。シロツメクサの花が、日の光を浴びてきらきらと輝いている。大きな宝石をたたえた指輪のよう――というのは幾らか大げさだけれど、なかなか様になっていた。
「で、最後に誓いのキス?」
「…すんの?」
「しなきゃ終わらないじゃんか」
花井は思わず、扉が半分無い出口を見た。しかし人気はない。逡巡していると田島が不意に手を掴んできた。それで反射的に花井は身を屈める。田島が首を伸ばす。どちらともなく目を閉じて、そして唇が触れた。
音のないキスだった。今までしたどんなキスより静かで、薄い。それでもひどく心臓が跳ねた。瞼の裏が赤い。日の光が当たっているのだ。
薄暗い教会で、シロツメクサと二人だけが明るく照らされている。
偶然が重なって生まれ、誰にも知られることなく存在している、そのふたつ。
数秒ほど、二人は唇を重ねていた。やがてちゅ、と軽い音を立ててから、キスは終わった。身体が揺れていると錯覚するほど心臓が跳ねていて、花井は手の甲を唇に押し当てた。唇と頬は驚くほど熱くなっている。手の冷たさが心地いい。
(な、な、なんでこんな緊張しなきゃなんねんだ、おかしいだろ、何回目だっつーんだよ)
表情だけはなんでもないよう装って、花井は「次」を考える。さっさとこのごっこ遊びを終わらせたかった。そもそもなんでこんな、女子供がやるようなことをバカ正直にやってしまったのか。――結婚への憧れがあったわけでもあるまいに。
「花井」
その時、不意に田島が声を発したので、花井はどきりとする。
「なんっ」
上ずった声で返事をして、田島を見ると――花井は言葉をなくした。田島は見たことのない顔をしていた。ひどく、なんと言ったらいいのだろう、寂しいような、哀しいような、それでいて嬉しいような顔をしていた。
「あのさ」
「ど、どうしたん、だよ」
「オレさあ」
「…うん」
「オレ、花井のことすげー好きだよ」
そう言って田島が左手を浮かしたので、花井は思わずその手を取った。なんとなく、左手で。シロツメクサの白が光を吸収して、目に痛い。
田島の手は俄かに冷えていた。花井の手が暖かくなっているから余計冷たく感じられる。どうしてこいつ、手ぇ冷えてんだ。キスしたのに。――と考えてから花井は勝手に恥ずかしくなった。
(…別に結婚式ごっこがしたかったわけじゃなくて)
田島は花井の手をぎゅっと握りながら、眉を潜める。
(結婚式のマネゴトしたら、キスできるかなって、キスしても怒られないかなって、思っただけで)
花井とキスがしたかったのだ。今、ここで。動機なんてそれだけだった。なのになんだか、ひどく胸が締めつけられる。
キスをしている間、頭の中で口上がくるくるとまわっていた。死がふたりを分かつまで、愛し、慈しみ、貞節を守ることを誓います――言葉の意味がわからないところもあったけれど、これはつまり、死ぬまでずっと花井だけを好きでいることを誓ったということだ。
そして花井も、死ぬまでずっと田島だけを好きでいることを誓ったのだ。
(死ぬまでずっと、オレは花井のこと好きだけど)
花井をじっと見上げる。彼は顔を紅潮させ、戸惑ったように見返してきた。
(花井は死ぬまでずっとオレのこと好きでいてくれんのかなあ)
誓いは本物か、なんて言うつもりはない。これはただのごっこ遊びだ。鼻の奥がツンとした。田島は泣き出す前に、花井に問う。
「花井は、どんくらいオレのこと好き?」
「は、え?」
「オレはさ、死ぬまでずっと花井が好きだよ」
しがふたりをわかつまで好きだよ、と言うと花井ははっと息を呑んだ――ように田島には見えた。そうだといいと思った。
オレがどんだけお前を好きか、少しでもわかれよ。すっごい好きなんだ。わかんないだろ。花井鈍感だもんな。――最初、キライだって言ったしな。
「田島」
戸惑ったような花井の声。掌が揺れる。田島はじっと、繋がれた手を見る。シロツメクサが二人の呼吸に合わせて揺れる。
一分で作った指輪。いつか枯れる花の指輪。この指輪が本物だったらいいのになあ、と思った瞬間、花井が口を開いた。
「…あのな、オレだってお前のこと好きだ、からな」
「どんくらい?」
「どんくらいって」
「オレは死ぬまで花井以外好きになんないよ」
言ってしまってから、さすがに引いたかなと思う。これじゃまるでストーカーだ。
けれど花井は怯まなかった。
「オレだって」
一瞬、そこで花井は言葉を終わらせかけた。けれどちゃんと言わなければ駄目だと悟る。だから、ぐっと口を引き結び、勢いに任せて――けれど確固たる誓いを以って、言った。
「死んでも好きだ」
ぎゅ、と掌に力が篭る。田島は弾かれたように顔を上げた。花井は真っ赤な顔をして、それでも負けない目をして、闘争心を燃やして田島を見ている。
ぐわっと何かが身体の底からわきあがった。嬉しさとほんの少しの悔しさが交じり合って、田島はたまらず花井に抱きつく。
「うわっバカ、あ、わぁ!?」
花井の叫び声に重なって、バキ、と鈍い音が足元から響いた。劣化した床板が割れたのだ。それで花井はぐらりとバランスを崩し、尻餅をついた。
「…っのバカ、あぶねー」
さすがに声を荒げたその瞬間、むぐっと唇が塞がれた。不意打ちのキスはあっと言う間に熱を連れてくる。かさついた唇の感触。もう慣れきった感触。触れるだけで田島だとわかってしまう。そしてわかると同時に、かあっと身体が熱くなるのだ。
田島はわざとキスを深いものにはしなかった。名残惜しさを押し殺して、すぐに唇を離す。そして呆けた顔をしている花井に向かって、にっと笑ってみせた。
「誓いのキス」
「…もうしただろ」
「もっかい」
「したいだけだろ、お前」
「花井は?したくねーの?」
「……そうは言ってないだろ」
したい、と言っているように聞こえて、田島はもう一度花井の唇を食んだ。花井の腕がやんわりと抱きしめてくる。田島は花井の頭に手を伸ばした。
そっと、隠しておいた花冠を彼の頭に乗せる。ぴくりと花井が気づいた風に肩を震わせたが、取ろうとはしなかった。
坊主頭にシロツメクサの冠なんて滑稽極まりないのに、田島は当然のようにそれを愛しいと思った。

2011.04.26.

異次元恋愛/ふらまさま

inserted by FC2 system