オーバーフロウ。

 

 
モモカンの用事とシガポの研修会で、練習が早く終わった土曜日。
田島の「どっか寄ってかない?」の誘いに頷いて部室を出た。

色々考えたけど、結局行き先はいつもと変わり映えのないバッティングセンターで。
部活以外でもこうやって無心でバットを振る田島をじっと見つめる。

普段は子どもみたいにはしゃいでいるのに、野球してる時は別人みたいに格好いい。
追いつきたい、悔しい、でもそれと並行して存在する好きだって気持ちが溢れ出していつもごちゃまぜになっている。
……本人にはそんなこと絶対言わないけど。

帰りに寄ったマックで俺が持っているトレイに頼んだ覚えのないドリンクがあるのに気づいた田島は、
あのにやつくのを堪えた変な表情で俺を見つめた。

「っ何だよ」
「いや、ごちそーさま」
「何さっきからにやついてんだよ」

それ見るとさ、とドリンクを指さす。

「ここで初めて花井に好きって言って、ここから始まったんだなって思ってた」

んなことさらっと言うなよ、と慌ててそっぽを向くがきっともう遅い。
顔がどんどん熱くなっていくのが分かった。

「花井かわいー」
「アホ」

ごつんと乱暴にウーロン茶のパックを頭に乗せても、田島は気にすることもなくにこにこしながらハンバーガーをほおばった。
ひとしきり学校や家で起こった話なんかをしてマックを出ると、まだ二時。
平日なら授業も終わっていないような時間だ。

「普段こんな時間に帰んないから変な感じな」
「時間有り余ると何していーか分かんねーよなあ」
「お前はやってない宿題とかあんだろ?」
「今週のはもう終わってるよーだ」
「ふうん」

少しずつ田島の家が近づいてくる。
何といってすることもないんけど、まだ別れたくなかった。
だって、今日を逃したら今度二人きりになれるのはいつになるか分からない。
俺も田島も、少しずつ自転車を漕ぐスピードが遅くなっていく。

「あのさ、もしこの後用事なかったらうち寄ってく?」


***


「花井ー、ジュースないからお茶でいい?」

両手が塞がっているから足で障子を開けて部屋に入ると、居づらそうに正座している花井がおう、と答える。
そういえば、付き合ってから花井がうちに来たのは初めてだ。
さらに言うと誰の邪魔も入らないような場所で二人っきりになること自体初めてで。

やばい、どうしても意識しちまう。

自然に、自然に。
テーブルにお盆や雑誌を置いて花井の隣に腰掛けると、花井の肩がぴくりと動いた。

「これ、兄ちゃんの部屋から借りてったやつ。読む?」
「ああ」

部屋には雑誌をめくる音だけが聞こえる。
さっきからお互いに話しかけようと思って、やめての繰り返し。
でも嫌な沈黙じゃなくて、ドキドキしてちょっとだけもどかしくて。

ちらっと隣に目をやると、花井の横顔が見えた。
あんまり日に焼けていなくて白い肌に、少し上気した頬。
そして、ぷるんと弾力のある桃色の唇。

触れたい。

「何だよ」
「……」

随分じっと見ていたらしく花井が怪訝そうな顔をしてるけど、止まらない。

「キスしたい」

短く告げると、そっと目を閉じてその唇に顔を近づけた。
けれど数秒後に触れたのは唇の感触じゃなくて押し戻された手で。

「ちょ、待てって!」

「……ごめん、やだった?」
「いやじゃねー、んだけど」

花井は焦ったように目を泳がせながら後ずさっている。
心の準備が、とかぶつぶつ言っている顔は真っ赤で眉はへにゃってなってて、本気で嫌がっていないのは分かる。

付き合い始めて一ヶ月経つけど二人の時間は特別長くなったわけでもなく、むしろ花井は前よりもそっけなくなった。
恥ずかしいとかばれたら困るとか、花井は気にする方だからと思ってたけど。

今は誰の目も気にすることないのに。

二人の時くらいは素直になってほしい。花井にも俺がほしいって言ってほしい。
そんな感情が頭の中をぐるぐる回る。
両想いになる前は花井が笑いかけてくれるだけで嬉しかったのに、どんどん欲張りになっていくみたいだ。

「たじま、」

その声に顔を上げると案外近くに花井がいてびっくりした。

「……もうちょっとそっち、いっていいか?」

その言葉が素直に甘えられない花井の精一杯だと気づいて、胸がぎゅうっと掴まれたみたいに苦しくなった。
溢れ出る好きは際限なくて、俺一人じゃ持て余すくらいで。
最初に花井に出会った時はこんなに好きになるなんて、想像もできなかったのに。

手を差し伸べてその体を引き寄せると、花井の匂いが濃くなった。
腕を回して抱きしめると、花井の腕もおずおずと俺の背中に回される。

「花井の心臓、すっごいドキドキいってる」
「仕方ねーだろ!つーかお前も一緒だっての」
「まあそりゃ、好きな人とこんだけくっついてたらそうなっちゃうよ」

好き、の言葉に花井がびくんっと反応する。
そして見つめあえる位置まで少し顔を離して、真っ赤な顔のまま目を閉じた。
頬に手をやると、ぎゅっと瞼に力を入れすぎた睫毛が震えている。

「かわいー」
「おま、からかってんならもう、」
「からかってないよ」
「っしないなら、手離せよ」

「する。花井とキスしたい」

ダメ?の言葉に目をそらされたけど、これはきっと「いいよ」のサイン。

「花井、すきだよ」
「……俺も、すき」

目を閉じる直前に見えたのはふわりと微笑む顔で。
触れ合った唇からはもっともっと「好き」が溢れ出して伝わっていく気がした。 
 
 
2011.2.25.
 

眼鏡on3/ハルさま

 
 
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