***

 

俺に訴えたからといって状況が改善するわけでもなかろうに、田島はもう30分ほど腹が減ったと訴え続けている。

あまりにうるさいので休み時間に半分食って残ってたコッペパンを口に突っ込んでやったけれど、黙らせるのに

効果があったのは物の数分だった。

「もう食い物なんか持ってねーよ」

「でも腹へったんだもーん!」

ひっくり返ってばたばたと転がりながらうわーんはないのばかーなんて、言うことがほんとガキ。

「だったら先帰ればいいだろ」

「やだ。待ってる」

一緒に帰るって言ってもたった数分の距離なんだから、そんなに意地になることも無いと思うのだけれど、

田島は時々こうしてみんなとは一緒に帰らないで俺を待っていることがある。

最初は意図が分からなくてなんだか居心地が悪かった。

なんでみんなと一緒に帰らないのかと聞いたら、何を言ってるんだお前はとでも言うような顔をして

「だってひとりじゃ寂しいじゃん」と言ったので、高校生.にもなってひとりが寂しいだなんて、こいつは随分

親御さんや兄弟に甘やかされているなと思ったものだった。

寂しいかどうかは別として、俺を気遣っての行動だという事は理解できたので、それからは田島が俺の

雑務が終わるのを待つと言い出しても好きにさせている。

実際、一人でやるよりも誰かと無駄口でも叩きながら片付けてしまう方が楽しい。

その相手が田島だということに若干の緊張があるのは、俺の中になんとも形容しがたい感情があるせいだ。

深く突き詰めていくのが怖くて、それを見ないようにしているから。そのせいだと思う。

「ねー、もう終わる?まだ?」

「お前が邪魔しなきゃもう終わってんだよ」

「邪魔してねーし」

「自覚ねーとか最悪」

「今日、晩飯カレーなんだけどさー」

「いいじゃん」

ぽんぽんと飛ぶように話題の変る田島の話し方にも、最初は戸惑ったけれどだいぶ慣れた。

田島のようなタイプの人間はどちらかと言えば苦手な部類だった。

こんな想いを抱くようになるだなんて出会ったばかりの頃には想像すらしてなかったというのに。

この感情は、憧れだろうか。それとも。

なんて、考えなくても本当は解っているのかもしれない。

「でも3日目!飽きたー」

「なんで3日もカレー?」

「おかーさんがばーちゃんち帰ってんの。なんか怪我したとか言って。んで3日分カレー作ってった」

「そっか、大変だったな」

そういえばここ数日、弁当じゃなくてコンビニの袋をぶらさげてたなと思い至った。

いつもはでかい弁当に購買のパンまで食ってる田島からしたら、食い足りないというのも頷ける。

「昨日電話あって、ばーちゃんの怪我はたいしたことないって言ってたんだけど」

「おー、良かったじゃん。うちのばーちゃんもこの前ちょっと転んだだけで捻挫したし、大事にしてやんねーとなー」

「ホントだよ!おかーさん居なかったら弁当とかちょー困るし。昨日はにーちゃんの嫁がからあげ持ってきて

くれたんだけど、カレーじゃないもん食いたい」

「ねーちゃんとかに作ってもらえば?」

「だって料理へったくそなんだもん」

「あー」

「マジでひっどいんだからなっ」

なぜか自慢げに主張された。

何度かお邪魔したときに顔をあわせた程度の面識しかないけれど、あのお姉さんが料理が下手なのかと思うと

なんだかかわいい。

「にーちゃんの嫁は料理できるけど量が少ねーの!ぜんっぜん足んない。マジ高校球児の食欲舐めてる」

「いや、俺らが規格外だろ」

苦笑しながら応えると田島は唐突に、なぁ、と上半身を起こした。

「それ終わったらマックいこ!」

「マックぅ?」

「いーじゃんマックいこーよー、なんか食ってこーよー」

「帰ったら飯あんじゃん」

「あっけどカレーじゃないもん食いたいの!」

「でもカレーも食うんだろ?」

「食う!」

当然だと言わんばかりに即答する田島の返答に思わず笑った。

しぶって見せてはいるが異論は無い。我ながら甘いと思う。

田島のちょっとした我侭はなぜか聞いてやりたくなるからたちが悪い。

違うか。たちが悪いのは俺のこの感情のほうだ。

「しょーがねえなぁ」

「行く!?」

「あんま長居はしねえぞ」

なんでもない顔をして二人で過ごせる自信はあまりなかったけれど、それでももう少し一緒にいたいと思うなんて

どうかしてるのは自分でも解ってる。



 

「花井なに食う?」

駅前の店舗は時間もあいまってそれなりに混んでいた。 テーブル席はぽつぽつと空いている程度だった

けれど、カウンター席はまだ余裕がありそうだから座れない事はないだろうとそのままカウンターに並ぶ。

「んーそうだなー。マックポークとシャカチキ」

「あ、俺もシャカチキ食お!チーズのうまいよね」

「俺ペッパーのがすき」

「んー、食ったこと無い」

「じゃあひとくちやる」

喜ぶとおもったのに、田島はなんだか妙な顔をして俺を見る。

あれ?と違和感を覚えたのは一瞬で、ぎこちなさはすぐに消えた。

「花井やっさしーいっ」

「うっせ。お前もひとくちよこせよ」

「うん。じゃー、あとビックマックにしよ!」

「お、金あんじゃん」

「うん、弁当代っつって貰ったから。奢ろうか?」

「いらねーし」

田島は俺と二人でいる時、たまに今みたいな顔をすることがあった。

もし、この時々感じる違和感の正体が田島に俺の感情を悟られているせいだとしたら。

仮に悟られていたとしても、俺から口に出すことさえしなければこのままでいられるはずだと

思うのは考えが甘いだろうか。

「えー?」

「ほら、注文」

先に田島をカウンターに行かせたところで隣が空いたので俺も注文をする。

会計を済ませても田島はまだ時間がかかりそうだったので、その背中に先に席を取ってくると

言い残して俺はトレーを手にした。


 


「あ、お前いらねーっていったじゃん」

差し出されたドリンクに思わず渋い顔をしてしまった。

目で叱ると田島はこれ以上はないんじゃないかというくらいのいい顔で笑う。

「でももう買っちゃった!」

「……今度は俺が奢る」

俺が渋々カップを受け取ると田島は正面に腰掛け、さっそくビックマックにかぶりついた。

「じゃあまた二人でこなきゃね」

顎についたパンくずを指で払いながら言われた何気ない一言に跳ねる心臓。

期待なんかするもんじゃないとわかっているのに。

何に対してか判断しかねる苛立ちにまかせてチキンの包装紙を破くと変な裂け方をした。

それを見て田島が笑う。

「意外と不器用?」

「うるせーよ、やんねーぞ」

「やだよ!ちょーだい」

「ほら、ひとくち」

「先に食っちゃっていーの?」

「食い差しやじゃね?」

「別にいいのに。いっただっきまっす!」

テーブルに手を着いて身を乗り出すとぱくりとかじって田島はじーっと俺を見た。

「なんだよ、旨くないのか?」

「んーん。うまいよ」

「へんな奴」

「花井は俺の食いかけやだ?」

「別に」

「じゃあ今度こっち!」

「ん」

「あっ」

差し出されたチキンをひとくち貰ったところで妙な声を出すから思わず一瞬身構えた。

なんだと目で問うとなんでもない、と首を振るけれどなにがおかしいのか笑いをこらえた口元がすこし歪む。

「なんだよ」

「なんでもなーいでーす」

「じゃあなんで笑ってんだよ」

「言ったら花井は絶対怒る」

「怒んねーから言ってみ」

「間接チューだって思っ、い!」

間髪置かずにテーブルの下の足を蹴ると田島はうっと呻いてテーブルに突っ伏した。

「ってえ!怒んないって言った!」

「怒らないとは言ったけど蹴らないとは言ってない」

「それは怒ってんじゃねーのかよー」

うぐぐ、と唸って恨めしそうな視線をよこすがそんなものは無視してやる。

八つ当たりなのはわかっているけれど、お前のその悪気のない言動で俺がどれだけ動揺すると思ってるんだ。

「花井ってすぐ怒るよなー」

「怒られたくなかったらちゃんとしろ」

言ったそばから唇の端にケチャップをつけている。思わずナプキンで拭ってしまい、また田島が妙な顔をした。

そりゃそうだろう、いくら子供じみているからといっても高校生相手にやることじゃない。

「わり、つい」

妹がいるせいかな、と言い訳のように呟いてナプキンを田島の手に押し付ける。

「花井って優しいから怒るんだもんね、俺知ってる」

「ちげーよ」

「ちがくないよ。だって怒るのってめんどくさいもん。好きなやつじゃなきゃ怒ったりしないし」

残ったビックマックをひとくちふたくちで片付けてから口元を拭い、くしゃくしゃになったナプキンを

トレーに放って田島は続けた。

「だから俺、花井に怒られるの嫌いじゃないよ」

ドリンクに口をつけた途端にそんなことを言うから盛大に咽る。

「それって」

どういう意味だと聞いてしまいそうになって咄嗟に口をつぐんだ。俺の好意とは違った形なのは聞くまでも無い。

「ん?花井に怒られると嬉しいってこと」

「何それ」

「花井はいい嫁さんになるなーって話し」

「誰のだよ」

「んー、俺の?」

「嫁にしてくれんだ?へー」

故意に呆れた表情を作るけれど田島は動じなかった。もっとも動揺してる田島なんて一度も見たことはないけど。

「うん、花井のことすきだもん」

あまりにさらりと言われたせいでそうか、と頷いてしまいそうになって違和感を覚える。

今こいつ、なんて言った?

「お前、俺のこと好きなの?」

「うん、さっき言ったじゃん。何そんな驚いてんの」

「だってお前好きとか」

「あれ?とっくにバレてるかと思ってたんだけど」

「何が」

「俺が花井のこと好きって」

「しらねーよ!もっと早く言えよ!」

口走って我に返る。

恐る恐る田島の表情を伺うとまたあの妙な顔をして俺を凝視していた。

「早く言え?」

「や、違う…そうじゃなくて」

じわじわと顔面の温度が上昇していくのがはっきりとわかった。こんなんじゃ誤魔化せるわけがない。

「んー?」

どーしちゃったのかなー、なんて歌うように呟いて田島はにやにやと口元を緩ませた。

そうか、あの妙な顔はにやけそうになるのを堪えていたせいか。だったら。

「おい、もう一度、ちゃんと言え」

俺の言葉に何かを感じ取ったのか、田島は片方の眉を跳ね上げて居住まいを正した。

テーブルの上で握られた俺の手に田島の手が重なる。

「花井が好き」

「俺もだよちくしょう」

「!!」



プライマル。

 

 2011.01.25.

spiral/ネジ

 

 

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